「真剣勝負は技量にかかわらずいいのもだ。決する瞬間互いの道程が花火の様に咲いて散る」
オレの前には二人の男が対峙している。一人はいわゆる「居合い抜き」の構えをし、額に第三の目を持つ男、飛影だ。
「はじめ!!」
オレの合図に飛影は鞘を放る。そして、もう一人は横へ静かに動く。こいつは魔界整体師の時雨、今のところオレの77番目の直属戦士だ。こいつの持つ大きな円形状の奇妙な刀は、魔界に棲む野牛の骨を加工し作られた『燐火円礫刀』という斧の頑強な破壊力と薄刀の切れ味を合わせ持つ無双の剣だ。時雨は飛影に邪眼を移植し、その手術後は剣術を教えたらしい。二人はオレの兵でこの戦いもオレの提案によるものだ、但し二人の過去については知らなかったが……
「剣術だけの勝負なら、まだ7体3で時雨に分があるな」
オレは瞬時に二人の力関係を見抜くことができた………しかし………………………
「長引けば不利…」飛影はそう直感していた。確かに時雨の方が力は上、だが炎の妖気を使えば勝機はあった。しかし、飛影はあえて剣のみの勝負に臨んだ。なぜ彼がこのような行動に出たのか、それは彼の意識の変化の表れからなのだろう。
――――以前は生きるために戦い、勝つために手段を選ばなかった。目的があったからだ。だが、今はない。別にいつ死んでも構わなかった。だから勝ち方にもこだわることができた。――――――――
二人の対峙は、ほんの一瞬だった。そして勝負も……………………………
二人共倒れていた。時雨はその顔の鼻の付け根から上がどこかへ飛んでしま
っている。飛影は腹部をかなり深く切り裂かれていた。そして二人とも片腕を
失っている。双方とも人間なら確実に死に至っているはずだ。一体この一瞬の
間に、何が起こったというのだろうか……………………………
………………ほぼ同時に同じくらいのスピードだろうか、二人は動きだしていた。
飛影は剣を左斜め下へ構え、時雨は燐火円礫刀をその特有の型(自身を輪の中に置き戦う)で胸前へ構えていた。
二人の間が狭まった瞬間、時雨の動きが一段と早くなる。
躯は「疾い」と心の中でつぶやいてた。もちろん飛影もその変化に気付き、剣で円礫刀を防ごうとする。
「愚かな!!剣の横腹で受けるか。斧が威力の円礫刀、真二つにしてくれる。」
時雨の心中は自信であふれていた。
飛影はその円礫刀に対し、剣の刃を向けてさらに自身の腕を当てていた。つまり両刃の一方が円礫刀に、もう一方が飛影の腕に当てられていたのだ。
「刃を縦に!?左腕を捨てたか!!」
時雨は多少驚いたようだが、かすかに笑みを浮かべているようにも見える。
飛影は片足を円礫刀に乗せ、続けて時雨の顔へ剣を向ける。もちろん彼の左腕は飛んでしまっている。
時雨は反射的に左腕で剣を止めようとした。互いに睨み合っている。
飛影は剣を振り抜き、時雨の左腕を落とす。
だがその瞬間、時雨は円礫刀を振り上げた。飛影はバランスを崩したが、それでも剣を下方から切り上げる。
時雨はそれを円礫刀で防ぐために前方へ出した。飛影の剣は時雨の肩に傷を負わせたが、その剣は中程で折れてしまう。
躯は身動き一つせず「浅い」と心の中でつぶやく。
「勝った!!」
円礫刀はその流れるような動きで飛影の腹部をとらえていた。
時雨は笑みを浮かべ、飛影は口から血を流す。だが次の瞬間、飛影の剣も時雨の頭部をとらえていた。
二人の身体は交錯し倒れ込んだ。
「御見事」
倒れ際に時雨はそうつぶやいた。
「相打ちか、悪くない」
飛影は素直にそう思っていた…………………
「悪くない…か。昔のオレなら考えられんな。いつからこうなった。いつから……」そう思う飛影の口元はわずかに開き、まるで笑みを浮かべているように見える。
「飛影」
躯が飛影に近づき呼びかける。その言葉に飛影は目を開ける。
「素晴らしい勝負だった、ほうびをやろう。お前の氷泪石だ」
躯の呪符や包帯がほどかれていく。飛影はその様子をジッと見つめる。
「お前が自分の人生の大半かけて探した石だ。オレにとっては支配国の貢ぎ物の一つにすぎなかったが」
包帯の下から現れた躯の口から舌に乗せられて真珠の様な石が出てくる。
「フ…ン。貴様の胃液くさい石など、もう…いら…ん」
意識が遠のくなか、飛影はそこまで言うと目を閉じた………………………
――――忌み子、飛影。氷河の国で生まれた呪われの凶児。名付け親は盗賊。血が噴き出す寸前の真っ赤な肉の切れ目が好きで、悲鳴を聞くと薄く笑う、そんな子供。「お前の意識は今までオレが触れたものの中で、一番心地いい」
氷河の女が、お前を恐れて捨てた気持ちもよくわかる。
形見の氷泪石が至高の宝石と知って、盗賊に見せびらかす為、首にかけた。それだけで、一日中血に不自由しなかった。
氷河の国はもう見つかっても見つからなくてもよくなってた。お前は忙しい。時々石を眺めて思い出す、そんな程度の故郷になった。
ただの殺しに飽きた頃、地元の盗賊もお前を恐れて避ける様になった。
石を眺める時間が増えた。
そしていつか、石を見ると気持ちが和む自分に気付いた。
石と向かい合う時だけ表情が緩む。
不思議な力を秘めた石を通して、この石と自分を作った人を想う。氷河の国を探そう、理由は変わり始めていた。
土地を移れば敵も変わる。なかには手強いヤツもいる。
一生の不覚。
探し物が二つになる。もっとよく見える目が必要だった。
邪眼をつけるためには特上の激痛に耐え、せっかく鍛えた妖力も失わなければいけないが、当時のお前にとってそれは都合が良かった。一瞬の油断で石を失くした自分自身が許せなかった。
邪眼の力の一つ千里眼でほどなく氷河の国は見つかる。隠密の帰郷、氷女は皆どこか暗くいじけて見えて殺す気も失せた。幻滅することで、お前の復讐は終わった。城の裏角、早桶の上に朽ちた墓標、それがお前の母親の寝床。しかし腹は立たなかった。これが彼女の意志だったのだろうとお前は考えた。
収穫はあった。妹のこと、名は雪菜。失踪して数年らしい。一つ目的を遂げ新たな目的を得る。まるで漂流するようにお前は生きる。
紆余曲折を経て人間界へ…思わぬ出会い。
妙な人間との戦い。
また少しお前は変わる。
妹は見つかったが当然お前を知らない。お前も言わない。それでいいとお前は思う。あとは自分の氷泪石を見つけるだけ。人間界での戦いも、そろそろ飽きた。
しかし、『もし私の兄に合ったら、この石を渡して下さい。』雪菜のその言動に「これはオレの氷泪石じゃない」そう思いながらも、お前は目的を殺がれたような虚無におそわれる。
戦うことだけがお前に残り、とうとうお前はいかに死ぬかを考える。
お前の意識は今までオレが触れたものの中で、一番心地いい。――――
これより半年後、三竦みの一角雷禅の死が魔界中に知れ渡る
その時、飛影は躯の筆頭戦士の地位を固めていた
――終わり――
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( 冨樫義博 作 ジャンプコミックス・「幽遊白書」18巻収録 ”それぞれの一年
飛影 後編”より )
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