( ジャンプコミックス・「幽遊白書」・”それぞれの一年 飛影 前編”より )
Hiei's story
 

「男の赤子…忌み子……!!忌み子じゃ」
「百年周期の分裂期にあわせ、男と密通しおったのだ」
「なんという汚らわしい、おそろしい娘じゃ」
3,4人のババア共が集まり、話し合っている。なぜ、そいつらがこんなことを話すのか……それは奴ら氷女と言う種族の性質からなのだろう。ここは氷女と呼ばれる種族の棲むところ、浮遊城なのだ。

――――氷女の寿命は限りなく長い。百年ごとの分裂期に一人の子を産む、誰の力も借りずに…子供はまさに分身でありすべて女である。ただ一つ、男と交わらない限りは――――――
「男と女の双子など氷河始まって以来のこと……」
と、一人が言う。すると、奴らの後ろから
「長老…いかがなされましょう…」と、若い女が出てきて言う。その腕には布で包まれたモノが抱かれている。それはよく見ると、布のほかに呪文が書かれた帯のような物が巻かれていた。そして何より、包まれているのは赤ん坊だった。この赤ん坊が奴らの言う忌み子、そしてオレなのだ。
「女児は同胞じゃ、しかし男児は忌み子、必ず災いをもたらし氷河を蝕む」
若い女の言葉に一人が答えた。オレは生まれる前から目も見え耳も聞こえていた……耳元で騒ぐババア共を丸焼きにする力くらいならあったかもしれない…………オレは布の僅かな隙間からそいつらを見ていた…………
――――氷女が外界との交流をさけ、厚い雲に覆われた流浪の城(氷河の国)で、漂流の生活を強いられるのには理由がある。氷女が異種族と交わった場合、その子供全て雄性側の性質のみを受け継ぐ男児のみが生まれること、しかも凶悪で残忍な性格を有する例が極めて多いこと。そして、男児を産んだ氷女は例外なくその直後死に至ること、これら全てが氷女の種の保存を危ぶませるためである――――――
 氷河の国の外れ、眼下には「ゴォォ」と音をたてながら厚い雲が流れていく。そこに奴らはいた。しかし、先ほどのように話し合っているわけではない。外れのさらに先端に、若い女が立っていた。一歩進めば外界へと真っ逆さまに落ちてしまうだろう。その腕の中には、布に包まれた赤ん坊のオレがおさまっている。
「泪…そなたと氷菜が懇意であったことは知っている。だが情けは無用、忌み子によって何人の同胞が殺されたことか、お前も知っておろう」
ババアの言葉に、泪と呼ばれたその若い女は目を閉じ涙を数滴こぼしていた。その様子を察したのかババアは
「情けは無用じゃ…!!」
と、力を込めていった。すると泪はその腕を前につきだし、そっと左右に開いた………オレは厚い雲の中へ、その下に見える森の中へと消えていった…………………生きのびる自信はあった。生まれてすぐ生きる目的ができたことがオレにとって嬉しかった。氷河の女を皆殺しにしてやる………………………
 

「………またあの夢か…」
 目を覚ますなり飛影は心の中でつぶやいていた。彼は剣を抱え、座っている。どうやらその状態で眠っていたらしい。だが、彼の周りはというと、何百…いやそれ以上か……多くの者達がその身体のいたるところを切り刻まれ倒れている。おそらく全ての者が絶命もしくは、かなりの重傷を負っていることだろう。そして、彼らは全て飛影ただ一人によって倒されたのだ。
「よォ、目が覚めたか」
 不思議な声質で飛影に声をかける者が現れた。飛影はちょっとしたホールほどの広さがある部屋の隅で座っていたが、姿勢を変えずジッとしている。その部屋はまるで生物の体内を思わせるような感じをもっている。
「もうA級妖怪じゃ束になってもかなわねェな。そろそろオレの直属戦死とサシでやってみるかい?」
 さらに飛影に問いかける。その者は顔から肩に掛けて布と呪符で覆っている、まるで夢に出てきた赤ん坊のように……そのために声質に変化があるのだろう。
 そしてその腕は、何故か枷でその動きを封じていた。
「たった半年でここまで成長するとは正直思わなかった。お前たいした奴だ」
 含み笑いで言ったその言葉に、飛影はジッとその者を見つめ、わずかに体を動かし、
「強くなる程貴様が遠くなっていく気がするぜ化物め。一体貴様どんな妖怪でどんなツラしてやがるんだ?」
と、その者を睨みながら言った。飛影のその言葉は、確かなものだった。何故なら飛影に声をかけてきた者は、彼が今いるこの魔界の中で三強の一人…………躯なのだから。
「まあ、そうせくなよ、お前の親父なんてオチはねェ。だがそろそろ姿くらい見せてもいい頃かもな」
 躯はまたも含み笑い気味に答えた。そして「よし…」と続け、
「今から連れてくるのはその中で一番弱いヤツだ。そいつに勝ったらお前に姿を見せよう、それとそいつの変わりに戦士の称号をくれてやる」
 横目で飛影を見ながらさらに説明を続ける。
「オレは下級兵とは別に側近として常に77人の厳選された戦士を連れている。数に深い意味はないその数字が好きなんだ。今から戦士を一人連れてくる。多分今のお前と互角くらいの力の持ち主だ」
 躯がそこまで言うと
「いちいち気にさわる野郎だ、別に称号なんぞいらん」
 飛影は憮然とした口調で答えた。そんな飛影の言葉に
「そう言うな、便利だぜオレの直属の戦士ってだけでたいていの妖怪は協力的になる。探し物も見つかりやすい…」
 まるで諭すように躯は言った。その言葉に飛影は、わずかだが驚きの表情を見せ躯を睨んだ。だが、躯は気にもせず「五分程で戻る」と言って出口へと消えていった。飛影はその方向をジッと見つめながら
「つくづく薄気味の悪いヤローだ。全て見すかしたようなツラしやがって」
と、心の中でつぶやくと部屋の中央部におかれた像に向かって飛びかかった。ヒュッと彼の腕が消えたように見えた瞬間、その像はズズと音を立て崩れ落ちていた。そして、飛影の目は胸元からこぼれ出た物をとらえていた。
 

「これを…母の形見です」
 と言い、紐に一つの真珠のような物がついた簡単な首飾り状の物を手に置き、オレに差し出した。そいつの名は雪菜、氷女でオレの妹だ。だが雪菜はその事を知らないはずだ。
「氷女は子を産むと一つぶの涙をこぼします。それは結晶となり、産まれた子供に与えられます。私の母、氷菜は二つぶの涙をこぼしたそうです」
 説明する雪菜に対しオレは黙っていた。
「一つは私が、そしてもう一つを私の兄が持っているはずです」
 雪菜は少し思い詰めた様子で言う。
「よくあのブタに盗まれなかったな」
 以前に雪菜は垂金という男に捕まっていた。そいつは雪菜の涙から生まれる真珠の様な物、氷泪石を売りさばいていたのだ。
「おなかの中に隠してましたから……あ!!ちゃんと洗いましたから汚くないです」
 雪菜はオレの問いに答え、何を思ったのか一人であわてている。
「どうしてこいつをオレによこすんだ?」
「私の兄は炎の妖気につつまれていたそうです。全身を呪布にくるまなければ持てない程だったと泪さん――母の友人です――が言ってました」
 泪という名は憶えている、オレを放り投げた女だ。
「あなたと近い種族の人だと思うんです。もしもそれと同じものを持った方に会ったら、それを渡して私は人間界にいると伝えて下さい」
「くたばったに決まってるぜ。空飛ぶ城の上から捨てられたんだろ?」
  オレは受け取った氷泪石を手に掛け玩びながら言った。
「きっと、生きています」
 雪菜はオレの言葉に笑顔でそう答えると、さらに続けた。
「これも泪さんが言ってました――――あのコは私達の言葉を理解していた……きっといつか復讐にくるわ――――私もそう信じています」
 雪菜の瞳はどこか遠くを見ているようだった。オレはそんな雪菜を見つめながら思い出していた……

『生きて戻ってきて……最初に私を殺してちょうだいね。それが氷菜へのせめてもの償いになる』
 泪は涙を流し、赤ん坊のオレの手に氷泪石を持たせながら言った。オレはその言葉に薄く笑っていた……

「心まで凍てつかせてなければ長らえない国なら、いっそ滅んでしまえばいい、そう思います」
 視線は下方を向いているが、変わらず遠くを見るような瞳で雪菜は言う。
「フン…それでお前、国を飛び出したわけか………となると、氷河の国が兄探しを許したって話もウソっぱちだな。いいか、甘ったれるなよ。滅ぼしたいなら自分でやれ。生きてるかどうかも知れん兄とやらにたよるんじゃない」
 オレの言葉に雪菜はハッとした表情を見せたが、すぐにもとの表情に戻り、最後には軽く笑みさえ浮かべていた。
「そうですね。本当……そうです。なんだか、兄にあっても同じこと言われそうですね」
 オレはこの後すぐに魔界へ、躯のもとへと向かった…………………
 

先程とほとんど変わらぬ位置で立っている飛影は、「オレの氷泪石にはオレの妖気がしみついている…にもかかわらず、邪眼でさえ追跡できない。誰かが腹の中に隠している可能性はかなり大きいな」と、心の中でつぶやいていた。
「待たせたな」
と言い躯が戻ってきた。その後ろには一人の男がついてきている。飛影はその男に気づくと、その顔が驚きへと変わった。
「貴様…魔界整体師、時雨。いつから躯の配下になったんだ」
 その男、時雨はどうやら飛影の知り合いらしい。時雨の顔にはいくつかの縫い傷があり、口や顎、額の右側にピアスのような輪をつけ、額の輪にはさらに鈴を下げている。また、金属製であろう前掛けのような物を両耳に引っかけている。そして、大きな輪を袈裟状に肩に掛けていた。
「御主に邪眼の移植をおこなってからほどなくな」
 時雨はその目でジッと飛影をとらえながら、そう答えた。それを聞いていた躯は「知り合いか」と、時雨に訊く。
「患者と医者、それだけでござります。剣術の真似事も少々ほどこしてありますが、ヤツはそれを我流で磨いた様子…」
 時雨はかすかに笑みを浮かべながら言う。飛影はその様子をうかがいながらジリッと一歩ほど動く。
「驚いたぞ、ワシは本当に御主に手術をほどこしたのか。移植は能力変化、すなわち“生まれ変わり”を意味する。故に前の妖力も赤子同然に落ちこむ。御主は確かにA級妖怪から最下級妖怪まで妖力が落ちこんだはず。手術からたった数年で前以上の妖力で我が前に現れるとは、まことに驚いた」
「そうか…オレはいつのまにか貴様と同じくらいの強さになっていたのか」
 飛影は時雨の言葉に薄く笑い額に巻いていた布をとり、そう言った。
「目的の氷泪石はもう見つけ出したようだな」
 時雨は飛影の胸に下がっている氷泪石のことを言っているようだ。
「これはオレのじゃない」
 飛影はその氷泪石を服の中へ隠しながら答える。
「…ほう、すると妹の方の石か。どちらにしろ探し物の一つは見つけだしたわけだ」
「面白そうだ、聞かせろよ」
 時雨の言葉に躯は興味を持ったのか、そう言って聞いた。
「ヤツは二つの探し物を見つける為、邪眼の移植を拙者に依頼しております。一つは妹のいる氷河の国。一つは母の形見の氷泪石。拙者は手術の依頼を受けるか否かを患者の人生にひかれるかで判断いたします。手術の報酬は患者から今後の人生の一部をいただくこと…。ヤツからいただいた手術代は妹を見つけても兄と名乗らないこと」
 そこまで言うと時雨は肩に掛けていた大きな輪を手に取りはじめた。おそらくそれを武器にして戦うのであろう。
「ほォ……」
「ワシを倒せたら手術代は返してやるぞ」
 躯のつぶやきの後に、時雨は飛影に向かってそう言った。
「手術の前にも言ったはずだぜ。はじめから名乗るつもりはないとな」
 飛影も剣を構えながら答える。
「心は変わるものだ」
 時雨は飛影に対して静かに返した。
「さて、思い出話はそれくらいだ。勝負は勝負、命かけてもらうぜ。真剣勝負は技量にかかわらずいいのもだ。決する瞬間互いの道程が花火の様に咲いて散る」
 そこまで躯が言うと、飛影、時雨両者共完全に構えをとっている。後は合図を待つのみ………………

「はじめ!!
 

――後編へ――

冨樫義博  ジャンプコミックス「幽遊白書」第18巻収録それぞれの一年 飛影 前編より


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